スマホの通知音、ぼろいアパートに物物しい風が吹き付ける、湿ってびしゃびしゃに濡れたようになった薄暗い橙色の毛髪、気付けばそれは肩にかかってチクチクと脂ぎったような、乾燥したような首筋に突き刺さる。通知音がまだ途絶えない、うるさくてしつこい音に痺れを切らし通知音をオフにしようとスマホを手に取る。解除前の液晶にたくさんのメッセージが届いていた。ひとつひとつ指でなぞりながら途中まで読む。具合が悪そうに震える腕が心細く残り4%になったバッテリーや、木の枝さながらに骨ばる人差し指に気付く。乾ききってもう何も欲しなくなった喉の奥でぎゅと何かがきつく締る。それはだんだん強くなって、徐々に早くなる動悸とともに俺を焦らした。とりあえず液晶の下部分を右にスライドする。緑色のアイコンに1011と赤いバッジがついている。こんな回数の通知音に自分が怯えていたのかと思うとオフにしなかった自分が酷く頭の悪い奴に思える。設定からあれやこれやと辿り着き、設定をオフにした。液晶をタップすると深く大きなため息をつく。また物物しい風がびょうと吹きつけ、がたがた窓が鳴った。寒気がして病人のように身震いすると、スマホの画面が真っ暗になった。お化け屋敷で霊が現れたときのような恐怖と衝撃と動悸でスマホを落としそうになる。無情に黒くなった鏡に誰か知らない顔が映る。目の下には溝のように深い影ができていて、重い瞼で目が細くなっている。輪郭はほっそりとしているが少したるみができている。髪はぺしゃとおとなしく、水をかぶった後のつやだ。全てを満遍なく観察した上で気付いた。この鏡の奥の顔は自分だ。また、恐怖と衝撃と動悸で、今度こそスマホを床に落とした。それと同時に膝を立て蹲ると、通知音も風も、窓も、全ての音が鳴り止みしんとした。咽喉につまったものが苦しくてしゃくりあげた。なんとか息をしようとあえぐ。通知音が頭の中に響きだす。すると、全てが溶け出すように大声を上げて、大粒の涙を床にぼろぼろ零しながら泣き出した。あの通知音に安心して、麻薬に再び手を出すようにスマホを手に取った。咽喉を枯らすほど喚き、画面をつつく。真っ暗な画面は何も反応しない。とうとう殴って突き飛ばすと向かいの壁で跳ね返った。いらいらが募って、また咽喉に何かがきつく締る。声が出なくなると蹲ったまま横に倒れて自然と仰向けになる。春初めの冷たい風に頭を向けて静かに眠った。

充電をし終えて起動するようになったスマホのロックを解除する。バッテリーは11%だけど、そこそこ動く。LINEにざっと目を通した。半ばふざけ気味なスタンプ連投や、いつもどおりのにこやかな挨拶に安心した。そういえば、家の前に何人か友達が来て話して来てくれたとこも思い出した。あたたかな記憶とメッセージに溶けてしまいそうになる。この苦しくつらかった毎日に差し込む、朗らかな太陽だ。

スマホを持ち出し、上機嫌で風呂場に向かった。昨日の自分は酷くやつれて、孤独死した死人を思わせた。そんな自分とおさらばしようとあたたかい湯にわくわくする。シャワーを浴びて、白く照らされた小さい浴室を見渡す。物寂しい薄い影が昨日の自分のように思われて、少し愁いにひたる。ほかほかと湯気をまといながら体を拭いてスッキリする。脱衣所がないので、洗面所の前で着替えを済ますと、顔を冷水で2回洗って、居間に戻った。

頭にのっけたタオルがうきうきしながら宙にふわっと一回。はねるようにぼろいソファに座り込む。

風呂場までもっていったスマホをもう一度確認する。赤いバッジは25を示していて、ほっと安堵する。自分はまだ見放されていないとうっすら笑みがこぼれる。

先ほど確認したときは、返信していたわけではなかったので、無条件にメッセージをくれることに尚更喜んだ。

グループの違うメンバーからもメッセージは来ていて、返事がしたいところではあったが、一人ひとりに送るほど丁寧な性格ではないので、橙のグループラインを開く。

タップすると、「夕緋!!!!!!!」という誰かのメッセージで最後になっていた。グループラインを遡る。嬉しいことに俺のことで持ちきりで、気を使ったのかわざとらしく見えた。でも嬉しいことに変わりはない。

だから俺はいけない人。


「俺だけ幸せじゃ悪いから、俺はいけない人です」

「最後まで迷惑かけたくないからビルで消えます」

「最後のつぐないをみてね」